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書籍BOOK

国内の代理出産についてコメント

The Japan Times, December 30, 2006


日本国内での代理出産は、代理出産を必要とする不妊患者たちの声を聞かずして、社会、政府、学会の固定された見方によって、全面的に禁止されてきた。そのこと自体が根本的な問題だ、という主旨です。
この風潮は、代理出産にとどまらず、日本における“家族のあり方”にもあてはまるように思う。家族とはこうあるべき、親子とはこうあるべき、といった理想を持つことはよいのだが、それがあまりにも確固たるルールのようなものになると、理想的な家族モデルにあてはまらない人たち、つまり、養子縁組、片親、シングルマザー、子どものいない人、子どもが欲しくてもできない人(不妊、病気などによる)に対する偏見、無関心、排除につながるのではないだろうか? 

なぜ、先進諸国において、日本だけが驚くべきほどに、「非嫡出子」の割合が低いのか。養子の親子、シングルマザーがこれだけ少ないのか……。少子化問題が声高々に叫ばれる中、まずは家族のあり方に対する固定観念を、日本を仕切ってきた人たち、わたしたちは見直すべきだと思う。
(2006年12月時点での記述)

あれから約10年…。
「代理出産」をめぐってはよほどの慎重な法整備と医療現場の透明性、そして何より代理母のとなる女性の自己決定権が(いかなる段階においても)尊重されなければ、容易に代理母となる女性の搾取につながることは事実だ。一方で、私がこのテーマを取材していた2002年当時は、代理出産については否定的な報道や言説が主流だった。多様な意見さえ、封じ込められる風潮には大きな疑問を感じていた。

当時も今も、上のコメントで私がもっとも言いたいのは、男性優位の医師団体、日産婦(日本産科婦人科学会)が「女性の身体、性および生殖」について、一方的に決めるのはおかしいだろうという点である。さらには「こうあるべき」という、家族のあり方への日本社会の固定的な見方である。そういう意味においては、日本の限定的な養子縁組制度、シングルマザーに対する偏見や無理解にも非常に大きな疑問を抱いている。端的にいえば、伝統型の家族像にしがみつくあまり、家族の多様性、女性のリプロダクティブ・ライツをないがしろにする考え方には反対なのだ。代理出産は男性やドクター、仲介者の決定ではなくて、代理母となる女性の決定に主眼を置きつつ、見ていくべき。また、代理母のステレオタイプというのもまた、頭でっかちなアカデミア、ジャーナリズムには存在しがちだと感じる。搾取構造に当てはまらないケース――、貧困ではなく、無知ではなく、偽善ではなく、心の底から、相互扶助の精神で「あなたのために産みましょう」と言う女性には目をつむっていないか。個人の幸せを決めるのは誰なのか?
(5/24, 2015)


 

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