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ノンフィクション作家
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おもな掲載記事 ARTCILE


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『月刊プレイボーイ』(集英社インターナショナル)2006年9月号
プレイボーイ・インタビュー 作家  中村うさぎ


中村うさぎ
身体を通して感じたことを書くのでないと、
自分自身に対して説得力がないんです。



 
 

「世間」を驚かせるという点にかけて、この人の右に出る作家はいないだろう。

「世間」の男たちにとって、中村うさぎという人を理解することは、かなり難易度の高い命題だ。一方、女たちの間では、彼女に共感を覚える人は少なくない。借金をしてまでブランドものを買い漁り、ゲイの香港人と結婚。ホストにハマり、整形にハマる。そして、自身の女としての価値を確かめるためのデリヘル嬢体験。一見、脈略のない奇抜な行動に、男たちは度肝を抜かれ、好奇の目で彼女を見るだけだ。

新たな奇行に走るたび、自分自身を見つめて本を書き、新しい自分を発見する。最近刊行された『私という病』(新潮社刊)には、これまでの奇行を経て、自分が何を求めていたのか、また新たな発見をしている。

「整形のときもデリヘルのときも、読者が離れてることは覚悟していた」という彼女の論じる言葉に耳を傾けると、いかに我々男たちが、中村うさぎの奇行の意味を誤解しているかに気づく。自分の体験したことでないと自分自身が納得できないのだ、という彼女は、決して、ウケねらいや売名行為だけで、奇行に及んでいるわけではないのだ。

男と女の間には、最終的には理解し合えない永遠のギャップがあるのか。それを埋めてくれるのが、中村うさぎなのだろうか。同性のノンフィクション・ライター平井美帆氏が、この希代の作家の内面に迫る。

 
露出系ファッションは、男のためのものではない

―『私という病』の中で、「女がミニスカートを穿くのは、必ずしも男に向けたアピールとは限らない」という箇所を読んで、「ああ、すっごくわかる!」と思ったんです。

中村 男の人だって、着るものや持ち物がすべて女性に向けたものではないじゃないですか。たとえば、フェラーリに乗ってるといっても、女性に対するアピールだけが理由とは限らない。本人の趣味だったり、同性に対するアピールだったりする。いろんな対象に対しての思惑が、個人の持ち物、着るものには表れるわけだから、女だって同じこと。自分のために服を着るんだし、同性に対してのアピールで着ることもある。それはそのときの本人の選択なんですよ。

―「露出系ファッションは男のためだけでない」と言っても、男性には上手く伝わらないですよね。この男女の溝を埋めるには、どうしたらいいと思いますか?  

中村 それはもうやっぱり言うしかないですよね、わかってくれるまで。もちろん、デートのときとか、男の人のために服を着るときもあるんですよ。その男の人からどう見られるか、って思うから着るわけで。でも、そうじゃない場面だと、別の理由で着てることが多いわけです。口を酸っぱくして、説明するしかないという気がするんですけど。
その辺のセクハラの線引きは難しいと思う。男の人にわかってもらうのも難しいし、女の人が過剰になってしまうのを止めるのも難しい。あれもダメ、これもダメって言ってたら、男の人は何も言えなくなってしまう。単に服の趣味を誉めるのは、セクハラだとは思わないわけです。
ま、「ミニスカートを穿くのは男の人のためじゃない」という点をわかってもらう以前に、痴漢やセクハラに遭ったら、「女のほうが悪い」と言うのはおかしい。誘惑的な格好をしている女には何してもいい、みたいな理屈は間違っているんじゃないかな。

― うさぎさんは実践的なフェミニストだなと思ったんです。まるで、自らの体を舞台上で痛めつけながら、観客に切実な何かを訴えている舞踏家のよう。机上の知識でなくて、体を張って得られたことを文字にしている。もともと、フェミニスト的な意識があったのか、それとも結果としてこのテーマに行き着いたのか、どちらでしょう?

中村 結果ですね。整形だって、デリヘルだって、入口はフェミニズムと何の関係もないところなんです。モテたい願望、着飾りたい願望、性欲、虚栄心、ライバル心……、あくまで自分の下世話な欲望から入っていく。実際にやってみると、いろいろ考えることがあるわけですよ。周囲の対応とか、自意識の変化とか、何が不快で何が快感なのかとか。そういうことを考えて逐一記録してくうちに、結果的にフェミニズム的な問題にたどり着いてしまったかんじです。
私がフェミニズムを名乗ったら、フェミニストが怒るんじゃないかっていう気持ちもあります。あまりにもフェミニズム的な教養がないので。その分野の書物なんて、ほとんど読んでないですからね。
男に欲望されることの快感、そして不快感……。その根っこは、家父長制度、男性優位社会がどうのこうと言われても、私、理解できないと思うんですよ。でも、自分の身体は、ある局面ではそれを快感と思い、ある局面では不快だと思っている。じゃ、それはどういうことなの?と、自分自身に聞かないと答えが出ないわけです。知ってることよりも感じてることのほうが、自分的には大事。感じた言葉のほうが人に届くと私は思うんです。

― デリヘル嬢をやるときに、「もし、はまってしまったらどうしよう?」という怖さはなかったですか?

中村 はまっちゃったら、そのままやりゃいいかとちょっと思ってたんですけど。気持ちよかったらね。でも、たぶんはまらないだろうと、薄く予想はついてましたね。やっぱり大変そうだから。

― こっちが奉仕する側だからですか?

中村 うん、実際、思った以上に体力使いましたし、恐怖感っていうのがやっぱりね。本番はやらなかったんですけど、知らない人と裸で抱き合ったりするのって、けっこう大変なわけですよ。しかも大抵、タイプの男じゃないですからね。11人客とって、「おまえとは絶対、無理」という人は2人、「私生活だとたぶん断るね」という人が大半。こういうのはグラデーションだけど、「私生活でも誘われたらOKよ」って人はいなかった。

― 知らない人の匂いは平気でした?

中村 匂いは、シャワーを浴びるところから始まるんで、相手の体を思いっきり執拗に洗うんです。でも、頑強に風呂に入らなかった人が1人いて、「風呂入る前にくわえろ」って言われて辛かったですね。しかも7月。生尺は客に求められれば、一応義務なんです。

― 夏はきつそうですねえ。

中村 「これは仕事だ」と思ってるから、相手がデブでもハゲでもいいんですけど、匂いだけはやっぱり乗り越えられない。生理的にね。それで、くわえたふりして、ちょっとズルしちゃったんですけど。

― どうやってですか?

中村 オカマの友だちに伝授されたんだけど、唾をいっぱい溜めて、こう濡らして……、向こうは上から見てるわけだから、くわえてるように手でこうやるの(笑)。私、髪の毛長いから、隠れちゃうとわからない。「なんとなく、『くわえられてる』と向こうが思えばいいのよ」って言うから。

― デリヘル嬢をしてみて、風俗に対する認識は変わりましたか?

中村 自分がどれだけ性的産業に対して侮蔑感、差別感があり、「自分はそうじゃない」っていう偽善的な立場を取っていたかが、よくわかりましたよ。
私がデリヘルの客に対して、「私は体を売ってる卑しい女なの」と思ってたかというと、ぜんぜん思ってないわけです。デリヘル嬢の溜まり場でもさ、彼女たちは自分を卑下してはいない。かえって客が「いいんだ、話でもしようよ」って言ったら、彼女たちは逆にむっとする。「私の何を買ったの? おまえと友だちになるためにお金もらってるんじゃないよ。友達じゃないから」とデリヘル嬢は思うわけ。自分が売ってるものが明確なのに、変な人道主義とか、そういう変な砂糖衣でくるまれると、かえって屈辱感がある。それは自分がデリヘルの現場にいて、すごくわかった。体でわかったんですよ。

― 著書を読んで、うさぎさんは「手に入らない男」が好きなのではと思ったんです。15歳年下のホストにはまった体験もそうだし、前の旦那も支配するタイプと書いてあったので。「好きだ」といって、情熱的に迫ってくる人が現れたら受け入れないのでは? 

中村 うーん、たぶん、そんなことはないですね。たしかにホストと前の夫に関しては、そんなに積極的ではなかった。前の夫の次の人は、むちゃくちゃ積極的な人で、それはそれで嫌になっちゃった。なかなか相性ってのはね……、テンションが合わなかったり、性的な好みが合わなかったりするから難しい。
最近の悩みは……、私、たぶん性的にはちょっとMなんです。実生活ではかなりSキャラ、ツッコミなんですけど、ベッドの中では言葉攻めされるのが好き。なのに、途中で「すいません、怒っちゃいました?」って言われたことがあって。この年になるともう恐れられちゃう(笑)。

男女間にはどうも「言葉の通じない感」がある

― 見た目が強いSの男の人のほうが、プライベートではけっこうMだったりしませんか?

中村 あ、それあるかなあ。女王さまやってる女の子なんかは、Mのお客さんって、外では威張っている人とか、マッチョなタイプだったりするって言うもんね。じゃ、女の人もそうなのかな。

― どこかで人間バランス取っているのでしょうか。

中村 そうかもしんないですね。でも、なんか女の人って、男の人に比べて、性的な好みがはっきりしてない人が多いじゃないですか。

― そうですね。自分のことを好きって言ってくれる人にけっこう……。

中村 合わせちゃったりね。私も若いときは、どんなセックスがしたいとか、自分にはどういう欲望があるのかとか、あまり明確に把握してなかった。っていうか、考えたことがなかったかも。

― それは20代の頃ですか?

中村 うん。はっきり言って、まぐろ、お任せっちゅうかね。まあ、性的にあまりアグレッシブな教育を受けてない世代なのかもしれないけど、それで損しちゃったなと思うんですよ。SMとかフェチとか、変態の人と話してると、「大変だな」と思うと同時に、「羨ましいな」と思う。なぜなら、彼らは自分の欲しいものが明確だから。「俺の好きなのは、足!」とかさ。好きなものがはっきりしてると、選びやすいし、相手にも要求しやすいじゃない。
だけど、女の人の欲望ってモヤモヤとしていて、愛されてる感、一体感に重きを置いちゃう。だから、「どんなエッチが気持ちいいの?」と訊かれても、明確に答えられない。もし若いときからはっきりしてれば、私もこの年になれば、もうちょっと性的にこなれてたのに。

― 34〜42歳くらいまで、かなり男抜きな時期だったとありますね。

中村 鉄の処女期ですね。8年間。離婚した後に付き合ってた人がいたんだけど、中盤ぐらいからセックスレスになっちゃって、その頃から「もういいか、男は」って気持ちになっていったんです。
面倒くさくなっちゃったのかなあ。今からまた若い頃みたいに、いちから恋愛するのは面倒くさい。ある程度の年になると、恋愛する前から先行きが見えてくるじゃない。ラブラブなのは1〜2年が限度で、そのうちテンションが落ち、腐れ縁ぽくなる。
セックスと恋愛感情が薄らいでくると、男といる意味って、一緒にいる居心地の良さになっていくじゃないですか。となると、女友達やゲイ友達のほうが本音を話し合えるし、言葉が通じる。じゃ、男の人と共有できるものなんか大してないじゃん、とその当時は思ったんですよ。
たとえば、私は洋服が好きなんだけど、男の人と一緒に買物行ったって、売場も違えば、そんなに熱心に付き合ってくれるわけじゃない。その点、今の夫はゲイだからだと思うけど、すごく熱心に付き合ってくれるわけ。さっきのセクハラの話題と同じように、男女間にはどうも「言葉の通じない感」がある。「そうそう、そうなのよねーっ!」みたいな盛り上がり方が男の人とはなかなかできないというか。

― たしかに、女友だちのほうが居心地はいいんですけど、そうなると最終的に「自分の人生において、男は必要か否か?」という問いに行き着いてしまう。で、「男は必要」と結論を下した場合、多少むかついても、居心地が悪くても、男性を「自分の世界」の中に取り入れてしまう女性のほうが多いように思うんです。男性の下手に出るフリをしといて、自分の人生にプラスになるように持っていくというか。

中村 うーん、それは演技してでもってこと?

― 演技というか、変えるというか、「せめて、好きな男の前だけはこうしよう」と。その辺の要領の良さが多くの女性にはあるような気がするんです。

中村 そういう人は本当に羨ましいです。

― その辺がうさぎさんは純粋なのですね、きっと。

中村 純粋っていうか、やっぱり女子高だったからだと思う。女ばかりの世界では、男の前で態度を変えたり、媚びたり、ちゃらちゃらしたりするのが、まるで罪悪のように断罪される。あと、絶対にご法度なのは、自慢話とナルシシズムのダダ漏れ。「私なんかぜーんぜん」と言ってるほうが、女同士の間では平和に行くんですよ。そういうやり方しか、私は思春期に学んでこなかった。
大学は共学に行ったんだけど、そうしたら日常的に男がいるじゃない。すると彼らの前でどう振舞っていいかわからないので、今まで培ってきたキャラをそのままやるわけ。そうすると、ギョッとされた。こっちはこっちで「あれえ? 下ネタ、だめー?」みたいな(笑)

― エッセイの中で見られる「自分ツッコミ」は、関西の大学時代に培ったものなんですか?

中村 いろいろ複合的にですね。女子高時代は女臭さを払拭するために、独特の自分ツッコミが必要とされたから。もちろん、関西の大学に4年間行ったことで、関西人のおもしろ主義はかなり勉強になりました。

― 笑いがすべてみたいな。

中村 ええ。「関西マジック」って呼んでるんですけど。私、そもそも面食いなんですよ。だから、中学、高校のとき、自分の好みのビジュアルの人を好きになってたのね。なのに、大学のときは関西人マジックにかかっちゃって、ビジュアルよりおもしろいことのほうが価値があるんだ! と思っちゃった。それで、人生で最高にブサイクな男の人と付き合った……。


 

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