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ノンフィクション作家
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ウエブサイト公開:「障がいを持つ女性の性的被害」

 *本文中の裁判の状況は執筆時のものです。



障がいを持つ女性への性的被害

一冊の衝撃的な内容の調査報告書がある。これまで世に埋もれてきた障害のある女性たちの「生きにくさ」の声を集めたものだ。
「ある企業の面接で、『うちは本当なら障害者は要らないんだよ。でも社会的立場上、面接くらいはしないとね。だから期待しないでね。まだ男性で見た目が分からん障害やったらエエねんねどなあ〜。一応は面接してあげたからもう良いでしょ。』と言われた。」(30代、肢体不自由)
家庭、学校、病院、介助の場、職場、役所と、さまざまな社会生活の場で、障害女性は暴言や偏見に晒されてきた。この複合差別実態調査を実施したのは、障害女性が中心に活動するDPI女性障害者ネットワークだ。実際に聞き取りを行った南雲君江さん、米津知子さん、佐々木貞子さんにお話を伺った。3人とも障害を抱える当事者である。
報告書を作成した背景を、米津さんは次のように説明する。
「内閣府が進めている障害者制度改革の一つに障害者基本法の改正がありますが、その中に障害女性に特化した条文をぜひ入れて欲しいと思っていたんです。でも私たちが陳情に行って、『障害女性は障害男性とはまた違う格差に悩んでいます』と伝えても、『データはありますか?』と訊かれてしまう。でも、国が障害者の調査するときは性別の集計をしないことがほとんどなのです。そこで私たちの実感を形で表さなければ、わかってもらえないと調査を始めたのです」
調査票の質問は至ってシンプルだ。「障害があり女性であることで生きにくいと感じた点があれば書いてください」。従って、回答には就労、結婚、家事、子育てなど一般女性も抱えやすい悩みも並ぶ。「障害女性だから、というより女性としての問題がすごく表れていると思います」と米津さんは評する。
その一方で、調査で浮かび上がったのが性的被害の多さだった。回答した障害女性87人中31人、つまり31%が性的被害を訴えた。
「義兄からセクシュアルハラスメントを受けたが誰にも言えない。自分は自立できず家を出られないし、家族を壊せないから。あまりに屈辱で言葉にできないから。」(50代、視覚障害)
「小学生のとき痴漢に遭った。助けを求めるにもコミュニケーションがいる。聴覚障害ため助けを呼べなかった。中学生のとき同じ犯人から再び被害にあった。」(40代、聴覚障害)
もっとも多い発生場所は、介助、福祉施設、医療の場である。佐々木さんは、「介助する側が適切なやり方を知らないのか、介助に紛れてそうしたのか、判断が難しい場合もあります。けれど、聞き取りをしてみると、『これはいくらなんでも、知らないからではないでしょう』と感じました」と説明する。
障害女性の場合、一般女性よりも性的被害の事実が埋もれてしまいがちだ。たとえ職員が性的被害を聞いたとしても、守秘義務もあり、事実として取り上げにくい。まして介助を受けている側は生活の場を失うことにもなりかねず、被害を訴えにくい。

これではいつまで経っても、障害のある女性は一人の人間として社会で尊重されない。声を上げなければ何も変わらない。そうした思いを抱え、たった一人で大企業に立ち向かった女性がいる。兵庫県内で暮らす森崎里美さん(39)だ。生まれつきの脳性麻痺で、四肢に重度障害(1級)を持つ。
森崎さんは2007年に勤務先の上司Aから強引にホテルに連れて行かれ、剃刀を手にしたAから性行為を朝方まで強要された。思い悩んだ末に告発したが、一審では敗訴。二審は会社の責任は認めなかったが、加害者の責任を認めて賠償を命じた。この判決は12年に最高裁が森崎さんの上訴を棄却して確定した。
現在、森崎さんは解雇撤回を求めてあらたな裁判を闘っている。うつ病とPTSDを発症し、長期休職に追い込まれた森崎さんを、会社が雇い止め解雇にしたためだ。
兵庫県南西部、長閑な田園地帯で暮らす森崎さんを訪ねた。
「私は見たらすぐに障害者って分かる障害者でしょ」とはきはきとした口調で語ってくれたが、子どもの頃から、街に出る度にあまりにも無遠慮な視線を向けられてきたと語る。
森崎さんは養護学校の高等部を卒業した後、複数の職場で事務仕事をしてきたが、どの職場でも最低限の配慮はあったという。ところが、職安を通して06年から契約社員として働くことになった鉄道会社では、男性しかいない工務課に割り当てられ、当初は女子トイレすらなかった。職場では平然と、鉄道用語として、「かたわ」「ちんば」「めくら」「つんぼ」といった差別用語が飛び交い、「女のくせに」と当たり前のように口にする。社員の中には、「おーい、レールがちんばになっとうわ! そういや、お前もちんばやなー」と直に揶揄する人もいたそうだ。
だが、どれだけ悔しくても、腹が立っても、立場上、社員には言い出せない。「感情を持ったらいかん」とひたすら我慢し続けた。過疎化が進む地域で、しかも障害女性が仕事を見つけるのは容易ではない。森崎さんは2人の子どもを育てるシングルマザーでもあった。
事件が起きたのは07年11月。森崎さんが会社に訴えることができたのはそれから半年後のことだ。
「話して理解してくれる人ならいいけど、理解してもらえないかもしれないと不安だった」
そして告発後に彼女を待ち受けていたのは、会社側による二次被害だった。セクハラ対策室の面々から投げられた暴言の数々は決して忘れることはできない――「お前の面倒をみてやっているのは誰なんだ?」。
「本件とはまったく関係のないことを言われました。障害があることは誰かの迷惑なんですか」と森崎さんは怒りを露にする。
その後、会社は事実を否定し、職場ぐるみで無視されるなど陰湿ないじめが始まった。警察に被害を訴えても、会社側の言うことを聞き、訴えを取り下げるように言われる始末だった。
四面楚歌のなか、たった一人で弁護士を探し回り、なんとか引き受けてくれる弁護士を見つけたが、「弁護士さんでも偏見があったんです」と森崎さんは打ち明けた。65歳ぐらいの男性弁護士は、森崎さんに向かって「(法廷で)あんたを見てもうたら、わかるわ」と言い放ったのだという。
「弁護士だから分かっているわけではないんですよ。何度、自分が見世物にされているような気持ちになったか。ずっと孤独と闘っていました」
一審の敗訴後、「自分を守る術を探さないといけない」と事件の公表を決意し、ようやく支援者の輪ができた。
今でも過去の記憶のフラッシュバックに襲われ、パニックに陥るときがあるという。忘れられないのは加害者の獣のような「目」だ。森崎さんはときに涙ぐみながら話したが、本当に辛い部分は語れない場面もあった。
現在は解雇撤回のための裁判を闘っているが、勝訴した場合、また元の職場に戻るのだろうか。ついこんな質問が口をついて出た。当時の上司らは移動になったとはいえ、辛くはないのか。森崎さんは「だからこそ、私は戻るんです」ときっぱりと言い切った。
「でないと、女性の障害者の、しいては障害者全体の立場はいつまで経っても確保されない。私は泣き寝入りしない」
子どもの頃からずっと、「障害者は嫌われないように生きろ。明るく笑顔でいろ」と言われ続けてきた。不当な扱いを受けても、我慢するのが当たり前だった。訴訟も周囲から止めるように散々言われ、親戚の男性からは縁を切るとまで言われた。
どうして障害者だと、女性だと、これだけ個人の自由が抑圧されるのか。自らの意思を持たない存在のように……。森崎さんの訴えは、障害女性が直面する「複合差別」との闘いでもある。
さまざまな人から彼女に向けられてきた言動は、障害者差別だけでなく、この国の男尊女卑思想の根深さを物語っている。
「法と同時に人の心の改革をしないと、私達は同じことをくり返す。子どもの頃、どう教えられるかで、人の意識は形作られます」
見えない差別は、見ようとしない私達の中にある。森崎さんの闘いはこれからも続く。



                                         (完)

資料:「障害のある女性の生活の困難
―人生の中で出会う複合的な生きにくさとは―」
複合差別実態調査報告書(DPI女性障害者ネットワーク)

*会社側のコメントも取ったが、「セクシュアルハラスメント」の責任は会社にないという判決が確定していると述べ、また地位確認等請求事件、地位保全等仮処分命令申立事件については、契約期間において長期欠席があったため、契約を更新しなかったとしている。(のちに会社側の言い分が認められた。)

一言つけくわえれば、労働に関わる裁判において、有期契約者側が会社に勝訴するのはきわめて難しいのが現実である。


 

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